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秘密法案、今国会を断念=「知る権利侵害」批判受け―政府・民主
時事通信 3月19日(月)17時33分配信
政府・民主党は19日、国家機密を漏えいした公務員らに対する罰則強化を柱とする秘密保全法案の今国会提出を見送る方針を固めた。与野党や言論・法曹界が「国民の知る権利が侵害される」と強く反対。これに加え、法制化を提言した政府の有識者会議の発言メモ破棄も判明し、手続きが不透明との指摘も出ていることから、仕切り直しが必要と判断した。
同法案の今国会提出について、民主党国対幹部は19日、「難しい」と言明。法案の事前審査に当たる党の政策調査会関係者も「見通しが立たない。党内議論も十分な時間を要する」と述べた。
藤村修官房長官も同日の記者会見で、与野党などの反対を念頭に「党内議論、メディアの評論を十分に踏まえ、慎重にやることも必要だ」と指摘。「提出をはっきりと決めているわけではない」と、今国会にこだわらない考えを示した。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120319-00000084-jij-pol(引用ここまで)
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<北朝鮮ミサイル>テポドン2号改良型か、今回も3段式
毎日新聞 3月18日(日)23時42分配信
【ソウル西脇真一】韓国の聯合ニュースは18日、北朝鮮が4月の打ち上げを予告した「衛星」のロケットの1段目が韓国南西部の西方海上に、2段目はフィリピンの東方海上に落下する見込みだと報じた。国際民間航空機関(ICAO)と国際海事機関(IMO)への北朝鮮の事前通報に基づく情報という。
北朝鮮が98年に発射した「テポドン1号」(推定射程約1500キロ)と、09年4月の「テポドン2号」(同約6000キロ)の改良型は、北朝鮮北東部から日本上空を飛び越える形で飛行した。だが、北朝鮮は今回、同国西部から衛星を南に向けて打ち上げると発表している。
共同通信によると、IMOなどに通報した情報から、今回発射されるのは09年4月に発射した「テポドン2号」の改良型で、3段式の可能性が高い。
テポドン2号の06年7月の初の発射実験は数十秒後に空中爆発し、失敗。09年4月に「光明星2号」を載せ発射された運搬ロケット「銀河2号」は、テポドン2号を3段式にした改良型(全長約30メートル)とされ、2段目以降は日本上空を通過、3000キロ以上飛行して太平洋上に落下したとみられる。
北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会報道官は16日、4月12~16日の間に「光明星3号」を運搬ロケット「銀河3号」で打ち上げるとの談話を発表した。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120318-00000052-mai-int(引用ここまで)
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石巻の医療、在宅強化で復興目指す-震災1年・宮城(1)
医療介護CBニュース 3月12日(月)19時36分配信
石巻赤十字病院の南側に完成した仮設病棟
東日本大震災の発生から11日で1年を迎えた。津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市では、在宅医療の機能を強化することで、地域全体の医療の復興を目指す方向で議論が進んでいる。焦点となっている市立病院について、石巻市は病床数を200床未満に減らし、24時間体制で往診などに対応する「在宅療養支援病院」(在支病)として再建する方針を固めた。専門性の高い医療を提供する石巻赤十字病院との役割の違いを明確化し、主に亜急性期から回復期のリハビリテーションや、退院後の在宅患者の支援を行う計画だ。新病院は2016年1月にオープンする予定だが、医療者の確保など、今後の課題も残されている。(敦賀陽平)
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石巻赤十字病院の敷地内に2月下旬、延べ床面積2881平方メートルの2階建ての仮設病棟が完成した。同病棟は、消化器内科を中心とした50床。その主力となるのは、市立病院に勤務していた3人の医師だ。今月1日から患者の受け入れを開始しているが、同病院では15年度に新病棟の建設を計画しており、仮設病棟は新病棟の完成まで使用される予定となっている。
仮設病棟が建設された背景には、津波で被災した市立病院(206床)の入院機能が停止している問題がある。
昨年10月、石巻赤十字病院の病床稼働率は、震災後初めて100%を超えた。2月には103.8%にまで上昇し、救急患者の受け入れに支障が出ていたという。同病院の飯沼一宇院長は、「早急にベッドを増やす必要があった」と振り返る。
仮設病棟の完成により、石巻赤十字病院の病床数は452床に増えたが、看護師や検査技師ら53人(1日現在)の医療スタッフが市立病院から派遣されており、仮設病棟の看護配置基準についても、7対1を維持する方針だ。飯沼院長は、「とりあえず50床増やし、今後の動向を見守る」と語った。
■市立病院、6科で再開を想定
一方、石巻市の「市立病院建設検討委員会」は2月下旬、市立病院を在支病として再建する方針を示す中間報告をまとめた。同病院は震災前、消化器内科を中心とした急性期医療に力を入れていたが、今後は石巻赤十字病院との連携を強化し、在宅医療を推進する方向性を打ち出している。
08年度の診療報酬改定で創設された在支病は、診療所の少ない地域で在宅医療の拠点となる病院で、病床数200床未満、または半径4キロメートル以内に診療所がないことが施設基準の一つとなっている。石巻市が病床数を減らした背景には、診療報酬上の問題がある。
ただ、現在の206床のうち、6床はICU(集中治療室)。病院経営の観点から、200床を選択する利点は少ないと判断した。震災前の市立病院の平均入院患者数が、1日当たり150-160人で推移していたことも考慮されたという。
また、石巻医療圏(石巻、東松島、女川)には現在、在支病が1施設もないため、市立病院が今後、在宅医療で中心的な役割を担うことが期待されている。
同病院の伊勢秀雄院長は、「石巻赤十字病院に機能を集約し、石巻医療圏全体で急性期から亜急性期、回復期、そして慢性期まで、スムーズな患者の流れをつくり、切れ目のない医療を提供したい」と力を込める。12年度の診療報酬改定では、過去の看取りの実績などで一定の要件をクリアする在支病の報酬が引き上げられており、今後の病院運営も見据えているという。
市立病院の再建場所は、JR石巻駅前の市有地(8300平方メートル)に決まっており、石巻市では月内にも新病院建設の基本計画を策定する方針だ。伊勢院長は外科、内科、リハビリテーション科など6つの診療科での再開を想定している。
■医療者の確保が今後の課題
今後の課題は医療者の確保だ。石巻市内にある在宅療養支援診療所「診療所 在宅医療」の佐藤保生院長は、「大きな流れとして、在宅医療の担い手は減っている」と指摘する。
現在、市立病院には3人の医師がいるが、伊勢院長以外の2人は3月末で退職する。今年秋、市内の開成地区に仮設診療所を開設するため、新たに医師を1人採用する予定だが、新病院の医療者の確保については、4月以降に対応する予定という。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120312-00000005-cbn-soci(引用ここまで)
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班目委員長辞意、規制庁発足遅れても「疲れた」
読売新聞 3月10日(土)10時4分配信
内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長(63)は9日、読売新聞の取材に対し、環境省の外局として設立される原子力規制組織「原子力規制庁」の発足が遅れても、「3月31日で区切りを付けたい」と今月末に退任したいとの考えを示した。
班目氏は「東京電力福島第一原発の事故対応などで本当に疲れた」と現在の心境を語った。
原子力規制庁は国会情勢の関係で当初の予定だった4月1日の発足は事実上、困難な見通し。その場合、経済産業省原子力安全・保安院と安全委による規制が続く。
安全委は「ストレステスト(耐性検査)」の1次評価など、原発の再稼働に必要な手続きを担っている。ただ、班目氏は「辞任は周辺と相談しなくてはいけない。私の一存では決められない」とも述べた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120310-00000030-yom-pol(引用ここまで)
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<東日本大震災>イサダ漁、沖へ避難すべきか… 岩手沿岸
毎日新聞 3月8日(木)10時57分配信
岩手県沿岸で、春漁のさきがけとなるイサダ漁が8日、一斉にスタートした。大船渡湾(大船渡市)ではあの日、イサダの水揚げを終えて帰宅の途に就いた船主・船長の多くが港へ戻り、船を避難させるため沖へと向かったが、2隻が津波にのまれ、熊谷光男さん(震災当時67歳)ら2人が行方不明となっている。危険と隣り合わせの「沖出し」。今度津波が来たら、どうすべきなのか……。漁師たちは自問自答しながら、舵(かじ)を取る。
イサダ漁は、1県当たりの漁獲割り当てと1隻当たりの水揚げ量が決められている。あの日、早々に漁を終えた熊谷さんは、市内の温泉施設で体を休め、高台の自宅へ戻る直前に地震に遭った。
いったん帰宅した熊谷さんは、すぐに港へ向かう準備を整えた。これまでも、地震のたびに船を沖へ出してきた。「船は流されねえ。船方(乗組員)をかせ(食わせ)られなくなる」。心配する妻ミサ子さん(65)に「3日で戻る」と言い残し、軽トラックを走らせた。
港まで、やや距離がある。先に十数隻の船が湾の外へ出ていた。熊谷さんの「光栄丸」ともう1隻が湾口防波堤にさしかかった時だ。左右の堤を高く越えた津波が2隻を襲い、渦を巻きながらのみこんだ。後続の船は急きょUターン。がれきとともに湾内を漂い、何とか難を逃れた。
熊谷さんは75年に初めて船を持ち、91年に3隻目の光栄丸に乗り換えた。5人の船方を食わせるため、ひたすら船を守ってきた。その夫を35年間支えたミサ子さんのもとに戻ってきたのは、湾内に打ち上げられた光栄丸から取り外したスクリューだけだった。ミサ子さんは「父ちゃんはきっと、これからは海を守るつもりなんだ」と自分に言い聞かせた。
大船渡湾内に係留されていた船は津波でほとんどが壊れ、廃船になった船や、修理に丸1年かかった船もある。震災前は46隻がイサダ漁に出たが、今春は37隻。このうち沖へ逃げて被災を免れた吉川浩一さん(48)の「吉丸」が、光栄丸の船方のうち2人を乗せる。イサダ漁を前に、吉川さんは思う。「次の津波では陸へ逃げるという漁師もいる。でも、自分は分からない。やっぱり船は大事だ。最後は自分で判断するしかない」【市川明代】
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120308-00000023-mai-soci(引用ここまで)
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